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名島山() 長徳寺(ちょうとくじ) 浄土真宗本願寺派

歴史6 phrases

筑前國続風土記拾遺』巻之3 福岡神社佛閣の項に下記の記載が見られる。

東職人町長徳寺

真宗西本願寺の直末なり。 開基順空は糟屋郡立花山の城主戸次伯耆(ほうき)守鑑連が臣にて、俗名を松尾惣右衛門初甚九郎と云。 故有て職禄を辞し遁世者となり、本願寺に行しに、時しも織田信長公の顕如(けんにょ)[1]と矛楯に及ひしかは顕如 に荷憺(かたん)して働キぬ。依て順空と云法名を蓮如手書して輿へしと云。 其真蹟寺に傅はりしか近年紛失す。

順空故里の名嶋に帰り、一宇を結て長徳寺と号し在住す。 又慶長6年1601福岡に来り此寺を造立せり。

此頃本願寺坊官より興雲公へ奉りし書翰壹通(いっつう)寺に納めり。 (中略) 其後順空ハ長子休雲に寺を譲り、新町に傅法寺を建立し、次子成空を住持せしめ、 又同所に正覚寺を建、三男宗圓を置けり。

伊藤氏メモ福岡寺院探訪』によると、昭和59年に、舞鶴1丁目(旧:東職人町)から現在地に新築移転したという。()

ひとくちメモ1 phrases

長徳寺は小笹の住宅街にひっそりと伽藍を構えている。門前の道路はかなりの斜面となっている。

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