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萬境山() 天福寺(てんぷくじ) [天福禅寺] 臨済宗妙心寺派

歴史

聖福寺塔頭(たっちゅう)(山内寺院)として、博多区冷泉町に位置していたが、昭和58年1983に、 同地を離れ油山に移転した。

維新の志士加藤司書が慶応元年1865寺内で切腹した。

元の地のビルの前には司書の辞世の句が添えられた「天福寺跡」なる石碑がある。(下の写真を参照のこと)

伊藤氏メモ天福元年1233創建。 初め東長寺の北隣にあったが、そこに藩主黒田忠之の廟を建てるため、西向こう側の龍宮寺境内、 及び奥堂町の人家の裏を賜り移転(現在の冷泉町)。 その後、昭和58年城南区片江に移転。 福岡藩の家老加藤司書は、幕末「乙丑の獄(いっちゅうのごく)」により、 慶応元年186510月25日、ここ天福寺で切腹した。 墓は、節信院(博多区御供所町)にある。 なお、加藤司書公の屋敷跡は中央区桜坂2丁目10番にあり、 石碑が立っている。(はなみずき通り筑紫女学園から少し南の細い道を右に入ってすぐ左に折れる。 民家の門の脇にあり) (「古地図の中の福岡・博多」などより)()

伊藤氏メモ福岡寺院探訪』によれば、 当寺は、四条天皇の天福元年1233に高陽により創建されたもので、当時の年号をとり寺号としたという。()

ひとくちメモ

右の図で移転前の当時の位置に描かれている。正面が東長寺、下中央に龍宮寺・その左が天福寺である。

伊藤氏メモ天福寺に行った際には、その足元にある片江風致公園の多数の日本文学碑を見るのもいいですね。()

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