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清賀山() 正覚寺(しょうがくじ) [油山観音] ★★★ 臨済宗東福寺派

イベント情報(今日から2ヶ月間)

2019-02-01
11:00〜16:00
油山粥開き 行事はどなたでも参加自由とのこと。

情報標高:182.6m

概算標高

182.6m   

最寄りの原発(玄海原子力発電所)よりの概算距離

50km

備考

歴史9 phrases

正覚寺の寺伝では清賀上人(せいがしょうにん)が開いたとあるが、『筑前國続風土記』巻二十一によれば、 清賀上人は聖武天皇(在位:724-749)の時代に油山に住んで油を製造していてその為に山は開いたが、 本来の意味での開山は、時代は下って正覚寺の場所にあった東油山泉福寺の開山である 平田慈均(へいでんじきん)和尚[1]であると言ったほうが良いように考えられる。 東油山泉福寺開山は平田和尚の在世期間から類推し14世紀半ば頃と思われる。

平田和尚はそれまで法相宗であったのを禅宗に改宗した。

東油山泉福寺は往時は360の僧坊を抱えていたと言う。それがおそらく戦火にかかって焼失してしまい、 本尊である観音様の像と茶堂のみ残ったのであろう。

その後、寺伝のとおり元禄7年1694承天寺の住持大川禅師が跡地に現在の正覚寺を興した。 正覚寺の名前は当時志賀島にあった廃寺[2]であった寺の名前を借りて命名されたと言う。

下に境内の案内板の内容をそのまま記す。

寺伝によると、大和時代に清賀上人(せいがしょうにん)が白椿に千手観音(せんじゅかんのん)を刻んで安置して寺を開いたといわれる。 また灯油の製法が知られていなかった時代、椿の実を絞って油による灯火の法を開いたといわれ、これが油山の名の起こりとなっている。

その後、多くの寺が建ち、仏教文化の中心となって栄えたが、天正年間1573~1591の兵火で消失し、 元禄7年1694再中興(さいちゅうこう)された。

寺宝には、 木造聖観音坐像(もくぞうしょかんのんざぞう)(重要文化財)、 大川円詢像(だいせんえんじゅんぞう)(絵師。狩野友元重信)、 釈迦十六善神(しゃかじゅうろくぜんしん)(室町時代) がある。

平成6年には、雲雀(ひばり)観音堂が新しく完成した。

ひとくちメモ4 phrases

城南区油山の中腹に伽藍を構えている。境内には美空ひばりを祀った「ひばり堂」もある。 正覚寺の周辺は自然で一杯である。交通の便は悪いが一度足を伸ばしてはいかが?

鐘楼も自由に(多分)叩くことができます。 ただし、お賽銭は入れてください。

境内には美空ひばりを祀ったひばり観音堂がある。 また、観音堂前の石段脇から坂道を登った所には坊住跡がある。

伊藤氏メモ慣れない坂登りで苦労しました。この日は、2月というのに時期外れの最高気温20度という春のような気候で、 汗だくだくのお参りとなりました。 美空ひばりの雲雀観音堂の中にある美空ひばりの写真はほんといい笑顔をしていますね~。ほんとうにステキな表情です。 この観音堂には面白い趣向が。ひばりの歌声が聴けるのです。 代表曲が10曲ピックアップされており、100円玉を入れると選んだ曲が流れてきます。 私は[川の流れのように]を選びました。屋外で、しかも眼下には福岡市内が展望できる広々とした空の下で、 隣近所に遠慮することのない大きさの音で流れてくるひばりの歌声は最高でした。()

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