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濡衣山(ぬれぎぬざん)松源寺(しょうげんじ)☆☆☆浄土真宗本願寺派

歴史

山門前の石碑の文の内容をそのまま記載する。

当山は、寛文年間(1661-1672)了淸法師の開基。本堂は慶長12年(1607)黒田長政藩主建立の 崇福寺佛殿を後年ここに移したものである。

伊藤氏メモ『福岡寺院探訪』に次のような記載がある。

当寺の開基了清は大阪府茨木市にある仏照寺開基勝光房西順の一門にて、 九州巡歴の折、当地にあった草庵にて一宿したことが寺の始まりといわれ、草創を元和年間(1615-1624)という。 享保5年(1720)、本山より寺号木仏を許さる。 天保8年(1837)の類焼に続き、明治6年(1873)には農民暴動のため再び焼失。その後、同12年に再建された本堂が、 崇福寺の仏殿を譲り受け移築したという現本堂で、極彩色の格天井が珍しい。

また、当寺で忘れてならないのは、過去帳に残る「寛政義民五人衆」のことである。これは、寛政(1789-1801)の頃、 村民千人を救うため、自ら無実の罪を背負い、潔く処刑台の露と消えた、最年少15歳から21歳までの若者たちのことである(『松源寺のあゆみ』より)。

なお、「五人合葬之墓」が千代中学校北西150m、国道3号線の手前側にある。(Links② より)()

ひとくちメモ

三笠川にかかる石堂大橋のたもとに伽藍を構える。松源寺前の国道3号線は自動車の往来が絶えない。 本堂は、造りが凝っていて風格を感じる。

国道3号線をはさんで濡れ衣塚がある。 山号はこれにちなんでのものであるのであろうか?

筑前國続風土記拾遺』巻之10 那珂郡 元 堀口村の項

真宗攝州嶋下郡佛照寺の末寺也。 昔ハ真言宗なりしを元和中(1615-1624)中に改宗せしといふ。

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