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金壽山() 正光寺(しょうこうじ) 浄土宗

歴史5 phrases

筑前國続風土記拾遺』巻2 福岡神社佛閣 上 大圓寺町の項に下記の記述がみられる。

正光寺

金壽山地蔵院と号す。 浄土宗鎮西派表糟屋郡箱崎一光寺の末なり。 開山往蓮社正譽見貞ハ筑後國柳川の人にて十時攝津[1]か俗弟なり。 始一光寺7世峰譽を師とす。 慶長12年1607正譽荒戸山松源院の辺に此寺を起立す。 慶安2年1649今の地に移せり。

伊藤氏メモ福岡寺院探訪』に次のような記載がある。()

黒田藩を脱し、倒幕に走った中村圓太は佐幕派より非難を受け、 博多報光寺で切腹したというが、当寺内の墓地にはその墓碑がある。 現在、圓太の他、用六、恒次郎の3人合祀の石碑が立っている。 碑裏には「君諱無ニ姓中村称圓太改姓野唯人、慶応元年1865正月二十六日屠腹死於博多時三十一」と刻まれている。

ひとくちメモ1 phrases

境内には、インド仏跡・浄砂利蓮台石・お堂(内部に友情観音・立江地蔵が安置されている)・地蔵の線刻された石などがみられる。 山門脇には白蓮華の池があり、綺麗な花をつけていた。

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