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金龍山() 三光寺(さんこうじ) 浄土真宗本願寺派

歴史1 phrases

『筑前國続風土記拾遺』巻之44 早良郡 中 板屋村の項に 「南谷にあり。真宗博多万行寺末なり。開基の僧を定淵といふ。釈迦薬師地蔵堂(岸高、大杉立てり。根回り四囲、其上八岐となる。」とある。

ひとくちメモ9 phrases

三光寺は作者が知る限り福岡市の最南端かつ標高も最高(約600m)に位置する寺院である。 2011-08-31午後より思いたち、我が念仏2号で福岡市西区側のR136をひたすら上り、 光善寺を左に見てさらに曲がりくねった道を 進む。途中板屋峠。それから曲がりくねった道を少し下ったところに集落が開けその一角にあった。 周辺は空気も最高においしい。

現代はアスファルトで舗装された道ができているが『筑前國続風土記拾遺』の作者種信の時代は薄暗い山道を 徒歩もしくは馬で登って取材したのであろうが、よくもまあもここまで登って取材したものである。

境内には放し飼いの4~5羽のニワトリが闊歩していた。 周辺は、背振ダム・山神社・背振牧場などある。 "根回り四囲、其上八岐"の大杉は未確認である。

三光寺脇は航空自衛隊背振山分屯基地の入口の道標が立っている。その道を登ると直線距離で1kmほどで背振山頂である。

再度お参り。今度は念仏3号なので多少楽ではあった。 3月の半ばというのに境内の池の脇には氷があった。 三光寺裏手の撮影をしていると、たまたま住職の息子さんとお会いし、お願いして本堂に上がらせて頂き撮影もOKを頂いた。

伊藤氏メモ 「1608年、浄円を開基として創建された。浄円は、もと武士にて、伊藤九郎左衛門と称した(『福岡寺院探訪』)」とありますが、 さもありなん、当寺ご一家の名字は伊藤でした。なお、伊藤九郎左衛門は、元は岡山の方の出との由。 現在、第13世の住職が高齢で病気入院されており、ご子息の方がここで寺守りをされています。 このご子息は僧籍を持たれていないとのことで、 法要等については姉ご夫婦が住職家をされている飯塚の方の仙林寺 (嘉麻市桑野2161の仙林寺[同じ浄土真宗本願寺派]のことと思われる)から来られるとのことでした。

以前の本堂は、現在地から200~300mほど離れた場所にあったが、火事により170年ほど前に現在地に現本堂を建立。 本HPの[歴史][ひとくちメモ]にある「筑前国続風土記拾遺に記載の[根回り四囲、其上八岐]の大杉」については、 あるとすれば、以前の本堂場所あたりになるのでしょうが、以前の場所にも現在地にも、大杉はないとのことでした。 いつか枯れてしまったのでしょうか。

福岡寺院探訪に[終点椎原でバスを降り、背振山を目の前に見る板屋峠まで歩いて2時間。そこから、 佐賀県側へと通じる坂道を30分ほど下ると、そこに板屋の集落がある]というとおり、結構時間をかけての往復でした。()

以下、同じように椎原から歩いて三光寺へ行こうとされる方への情報提供です。

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