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松見山自性院() 入定寺(にゅうじょうじ) 真言宗九州教団

歴史

筑前國続風土記』巻之4によれば、開山は圓心(えんしん)で、佛堂が完成したのは元和7年1621である。 佛堂は黒田家初代藩主黒田長政が建立した。

「入定寺」の名の由来は下記のとおりである。

圓心は、駿州[1]の出身で、17才で出家し、三州[2] 一寺の住持となる。 徳川家康が、その人となりをいたくかわいがった。 その後、別の寺の住持も務めたが、黒田長政[3]の家臣のつてで、 現在の地にあった住持もいない荒れた草庵に住むようになった。 圓心はそこで入定[4]することを長政に再三乞い、やっとの事で許可を得た。 27日間断食をし、その後入定に入り勤行を怠らず、慶長13年16088月28日についに眠るように亡くなった。 入定の間、長政がその草庵に来て圓心の望みを聴くと、「自分の死後、この地に仏堂を建ててほしい」と言い、長政は その望みを聞いて仏堂を建てた。 これが、入定寺の始まりである。圓心が入定した地であることからこの寺は寺号を「入定寺」と定められた。

その後、黒田光之[5]の誕生以来、この寺では毎月武運長久の祈祷が続けられたという。

ひとくちメモ

入定寺の裏手は御笠川である。

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