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華厳山()乳峯寺(にゅうほうじ)[乳峯禅寺]☆☆☆臨済宗東福寺派

歴史

伊藤氏メモ『福岡寺院探訪』に次のような記事がある。

宝治2年(1248)、大宰少弐藤原資能開基檀越となり那珂郡上白水村(現:春日市)に創建。 開山は寂庵禅師(承天寺第3世)。 当時の本尊である十一面観世音菩薩は博多七観音の一つとして知られている。 明治44年(1911)、市内電車(博多電気軌道)が承天寺境内に敷かれたため、承天寺と乳峰寺が南北に分断した。(『乳峰寺略記』より)

また、『御供所マップ』によれば、寛永9年(1632)、駿岳元甫により現在地に再建されたとある。()

伊藤氏メモ乳峯寺の山門の左手奥に摩利支天を祀る古いお堂がある。摩利支天とは帝釈天の眷属(けんぞく)で仏法を守る仏様。転じて衆生である私たちの災禍を除いて利益を増すというご利益がある。また、乗っている猪にちなんで子孫繁栄のご利益も、と身近なことに良いこと尽くめの仏様である。摩利支天は仏様の中で大黒天、弁財天とともに三天といわれる。毎年11月の第1と第2の亥の日が縁日で、昔はお参りの人が多かったという。

摩利支天堂の横の石碑は、江戸時代の地元の著名な日本画家・石丸春牛の碑で、この人は乳峯寺の古い檀家の一人という。 (『筑前の寺めぐり 』より)()

参考:『筑前國続風土記附録』

ひとくちメモ

乳峯寺は寺町の承天寺のブロックより車通りの激しい道路を隔てたブロックに伽藍を構えている。

右の『筑前名所図会』には、右ページ右端に乳峯寺が描かれている。 また、聖福寺順心寺円覚寺節信院永寿院妙楽寺・ 乳峯寺もほぼ現在と同じ配置で描かれている。

『筑前國続風土記附録』巻之6 博多 下 辻堂町 承天寺の項

承天寺の6つの塔頭の内の1つとして、下記の記事が見られる。

華厳山乳峯寺

開基は寂庵和尚也。正応元年戊子(1288)12月18日寂す。 此寺昔ハ別寺なりし故に山号あり。 始ハ那珂郡上白水村に有。 何の(ころ)こゝに移せりや知らす。 此寺に十一面観音有、七観音の一也。 此寺今ハ御供所町に属とちいへとも、承天寺の境内なる故に彼町の條下に、別にはしるさす。

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