お寺めぐりの友

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金谷山(きんこくざん) 明蓮寺(みょうれんじ) 浄土真宗本願寺派

歴史

明蓮寺は『筑前國続風土記』巻之3 福岡によれば「材木町にあり。」とある。 下に『筑前國続風土記拾遺』巻之3 福岡神社仏閣の項を記す。

真宗西本願寺直末なり。 開山宗慶ハ筑後國の人なり。 故有て行脚の僧となり、 當國に来り糟屋郡金出村に草庵を結び居たりしか、 慶長年中1596-1615福岡濱町に寺を建て移住せり。 寛永7年1630準如上人より寺號を許さる。

3世順翁はしばしば回禄[1]に罹りければ、寛文10年1670長福寺大長寺轉移の跡地を買得て今の寺を再興す。 延宝8年1680本山より4幅の影を許與せらる。

伊藤氏メモ福岡寺院探訪』に次のような記載がある。 [住職の話では、当寺第12世の安国淡雲は、京都本願寺執行長時代、 明治新政府に対し、廃仏毀釈に対する抗議(廃案)文を突き付けた人と言われている。 また、淡雲が本願寺の明如に仕えていたため、その「明」を賜り、「明蓮寺」としたという。]()

同書によれば。福岡大空襲により焼失。その後再建されたという。

ひとくちメモ

明蓮寺の近辺は寺院が集中している。また、天神三丁目界隈は現在は繁華街となっている。 伽藍は、近代的な建築物となっている。

伊藤氏メモ全景写真の左の方に写っていますが、明蓮寺の窓はハート型です。 このことに気付いた女の子の間ではいささか評判だとか。()

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