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遍照山() 明法寺(みょうほうじ) 浄土真宗本願寺派

歴史

伊藤氏メモ明法寺は、鎌倉時代1185年頃~ 1333年の初期、筑前國早良郡の地頭・御家人であった榊定禅が天台宗に帰依し出家、天台宗定禅寺として開山した。

(以上 HP「浄土真宗本願寺派 福岡教区早良組-明法寺」などより())

参考:『筑前國続風土記拾遺』『福岡寺院探訪』

ひとくちメモ

明法寺は四箇の集落にひっそりと伽藍を構えている。そのすぐ南側は定禅寺がある。 山門は二階建てで作りが凝っている。 門前の道はかなり古い道のようで、北隣には土蔵がある。

筑前國続風土記拾遺』巻之44 早良郡 中 四箇村の項

明法寺

本村に在。真宗西穂波郡飯塚村明正寺末也。 此寺に榊定禪地頭傳来の古文書あり。 中にも正應2年1289 弘安4年蒙古来襲の時、榊定禪地頭西願功有て肥前國神崎庄内配分少貮貞経の状 正和5年1316博多前濱石築地修理催促状 建武3年1336榊定禪地頭源貞康披露状等出たるは、皆榊定禪地頭と見えたり。 其他少貮并に大内家より榊へ授けし物數葉猶存す。

『福岡寺院探訪』

伊藤氏メモ福岡寺院探訪』に次のような記載がある。()

説によれば、開基を覺厳といい、もと禅宗であったが、第15世のとき、 今の宗旨になったもので、「覺厳は又定禪ともいひ、元寇の際一方の旗頭となり、 大に勲功をたてた(『早良郡志』)」ということからすれば、当寺の創草もかなり古く、鎌倉中期に遡ることになる。 また、当寺の山門は上が鐘楼となっている。説に「22代僧謙蓮如上人の畫像を受け、鐘楼を再建 (『早良郡志』)」とあるが、このとき建立されたものではなかろうか。

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