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普賢山(ふげんざん) 万行寺(まんぎょうじ) [萬行寺] ★★ 浄土真宗本願寺派

歴史

博多情緒めぐり』(博多情緒めぐり実行委員会)の内容を下に引用する。

享禄2年1529に開山。性空が普賢堂町に道場を建てたのが始まりと言われている。 寛文5年1665に現在の地である祇園町に移った。明治期の高僧である七里恒順和尚は 境内に龍華孤児院を作り経営するなど社会貢献につくした寺としても有名。

次に、山門前の案内板の内容を下に引用する。

享禄2年1529七里隼人(しちりはやと)蓮如上人(れんにょしょうにん) の命により建てたもので、明治時代の住職七里恒順(しちりこうじゅん)は真宗の名僧といわれた。 また、薄幸な身で、信心深かった遊女名月(めいげつ)の墓から初七日に蓮華(れんげ)の花が咲いた という伝説「名月の墓」がある。

伊藤氏メモ福岡寺院探訪』に次のような記載がある。

享禄2年1529空性(本願寺第8世蓮如の弟子)によって開創されたという。 「空性は初め七里隼人と称せしが、(中略)近世領内に於ける真宗一派の触頭たり(『日本社寺大鑑』)」といわれるとおり、 その構えも堂々たるもので、さすが、その所以たる風格を表している。

また本堂内仏殿の豪華さときらびやかで目をみはるような美しさは、他にはあまり見られない真宗特有の姿なのであろうか。 山門に印されている「おもだか」の家紋は当時の第5世正海和上が武士であった頃、信長本願寺石山攻めの折に目覚しい武勲をたてたため、その功績に対し毛利候から賜ったものという。()

ひとくちメモ

万行寺は国体通り沿いにあり、近くには櫛田神社・川端商店街・キャナルシティ博多などがある。 境内は外国人の観光客と思しき人たちもよく見かける。

作者は、万行寺前を仕事の都合でよく通る。 時間がある時は旦那寺ではないにも関わらず、本堂に上がらせていただきお参りさせて頂いている。

広い本堂内で、阿弥陀如来像と1対1で向き合って念仏を唱えると心が落ち着きます。

行事が無い時は日中は自由に本堂に上がりお参りができる。受付で一言断ってお参りするほうが良い。 拝観料などは無いが、仏壇の前に賽銭箱はあるので線香代くらいはお供えしたほうがよいのではないかと思う。

お寺の方針であろうかオープンなお寺である。

。いつものごとく、お参りしているとお寺の関係者とお話する機会があり、 本堂の鬼瓦には、男性と女性があることを教えていただいた。(本堂正面に向かって左側が女性、右側が男性) 恰好の撮影ポイントも教えて頂いた。 特に女性(左)は裏手の墓地からの撮影である。 撮影場所は、お墓の持ち主の方に迷惑がかかるのでここでご紹介しない。 (下の写真をごらんあれ)

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