お寺めぐりの友

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() 河原大日堂(かわはらだいにちどう) 不詳

歴史

お堂内部に掲げられている木製の由来記の内容を下に記す。

河原大日如来像由来記

文政9年12月(西暦1826年)福岡大工町[1]の大工儀兵より次郎丸新町14宛の古文書によれば米8俵と 後日の1俵計9俵とで譲り受け当地で祭る様になる。 当初酒屋柴田家の敷地内に祭る。

大日如来と云う仏様は子供を守り知恵をさづけると云うことで信仰が厚く、 大工町より次郎丸新屋にて祭られた頃子供達の病気(ほうそう)が治ったと云う記録がある。

次に昭和17年9月15日現在地に(1畝、32円20銭也にて購入)移転した。 昭和31年夏の台風にて御堂が倒壊したが直ぐに現御堂を立て直す(以前より小さくなる) 此の間次郎丸外他村からも2回の寄付を仰いだ(寄附帳保存中)大日様の夏祭(7月27日)は曽っては新屋通りの 道端には夜店が立ち並び与一人形[2]や家毎に短冊を飾り余興のやぐらまで出来て早良郡中よりの参詣者が 溢ふれる大賑わいの一時期があった。

平成3年世相悪く如来像の盗難に会う。 以後如来像の大替掛軸にて祭典を続けてきたが遂に盗難如来像が戻らぬ為、 復元の要望強く奉賛寄進者の努力と大仏師の名彫刻とにより如来像の復元が達成された。

平成8年10月吉日

ひとくちメモ

河原大日堂は次郎丸の住宅街の中にある。 福岡外環状道路(県道202号線)の次郎丸交差点より南側300mほどの所である。 お堂は比較的新しく、堂内・外はきれいに清掃されている。 大日如来像は高さ30cmほどであろうか、真新しい彩色の木像である。 以前盗難にあったこともあってか、扉が二重になっており、鍵も二重に設置されている。 堂内には旧如来像の売買契約書と思われる墨書きの書付も展示されている。

脚注

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