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至徳山(しとくざん)浄慶寺(じょうけいじ)☆☆☆真宗大谷派  FACEBOOK

歴史

伊藤氏メモ『筑前國福岡区地誌』東唐人町堀端の項に次のような記載がある。 ()

開基の僧を宗教と云う。 宗教が父は豊後国大友氏の家臣にて俗に大塚右京と称せしが、職禄を辞し、 紀伊国に赴き鷺森坊にて法躰し、法名を宗圓(宗印とも書く)と改む。 後に当国に来たり、志摩郡今津村に留まり4人の男子を養育す。

天正19年(1591)、彼の村に一宇を建立し、長子宗教を以って開基に定む。(次子、今津の法教寺。 其次、同村清教寺。季子、桜井専光寺。各開基たり。)

元和7年(1621)、2世宗興、福岡荒戸山の辺に梵宇を移せり。寛永12年(1635)、寺号を許さる。 慶安2年(1649)、白銀材木等を与えられ、寺を今の所に引けり。始は西派なりしが、寛文12年(1672)、故有て東派に改む。

伊藤氏メモLinks① に次のような記載がある。()

開基を宗教といい、姓は大塚。 父は豊後国大友の家臣で紀伊国で仏門に入り筑前に下って来たもので、天正19年(1591)今津に寺を建立し、 長男宗教を開基とした。その後第2世宗興のとき荒戸に移ったが、慶安2年(1649)現在の地に移る。 寺内には勤皇志士の墓がある。

ひとくちメモ

本堂前の枝ぶりの良い松と、しだれ梅が印象的である。 この付近はお寺が集中して建っている。 啓運山 妙法寺鏡智山慈眼院 大佛大圓寺金壽山 正光寺が軒を連ねている。

『筑前國續風土記付録』巻之3 福岡 下 唐人町の項

浄慶寺(ヤナハシギハ 真宗東 佛堂横7間入6間)

山號なし。 本願寺に属す。 開山を教岸宗興といふ。 開基の年歴詳ならす。 寛文7年(1667)本山より木佛寺號を許興せらる。 始ハ西派なりしか、同12年(1672)東派に改むと云。 此寺昔ハ荒戸山の邊にあり。 慶長2年(1597)公命に依て今の地に移せり。 此時白銀並びに松木を賜ふ。

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