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臨江山(りんこうざん)成就院(じょうじゅいん)☆☆☆天台宗

歴史

案内板の内容をそのまま記す。(ふりがな、注釈は作者が追加しています)

成就院は今より1200年前、延暦4年(785)比叡山根本中堂の開基にあたり開祖玄清法印(げんせいほういん)[1] が琵琶を弾じて地神陀羅尼経を誦し悪障毒蛇を退散させた法徳により、伝教大師[2]が延暦7年(788) 一乗止観院[3]落成の際、法眼(ほうげん)[4]に推挙し成就院の称号を与えたことに始まると伝えられる。 玄清は延暦8年(789)筑前国御笠郡四王寺山坂本[5]に草庵を開き、これを成就院と名付けた。

以来、法孫これを継承し玄清法流の本寺になるとともに、皇室から民草に至る国家安■五穀豊穣の祈祷所とされ平将門の天慶の乱にあたっては、玄清六世の法僧慈眼院國教は勅命を奉じ将門調伏天下静■の祈祷を安楽寺にて執行した。 九世法孫寿讃大徳は、永仁6年(1298)成就院を博多蔵本町に移し臨江山妙音寺と号した。 本寺は九州、中国、山陰にわたる盲僧院坊の触頭(ふれがしら)として権威高く隆盛を続けたが、天正末期(1590ころ)兵火のため堂宇・旧記など灰塵に帰した。

承応元年(1652)二代黒田藩主忠之が太宰府華台坊良悦を住寺として再興、福岡城の鬼門除けの霊寺として、 藩の祈祷所とした。明治38年(1905)法流規則改正により福岡県ほか7県の本部となり、明治40年(1907)当山興祖良諦僧正のとき、現在地に移転し旧名の成就院に復した。

開祖玄清法印の伝えたと云う玄清法流盲僧琵琶法楽が現在県無形文化財に指定されている。

尚飛地境内の一つに文殊堂[6]があり、本尊文殊菩薩は市指定文化財である。

当山の主な行事として、

1月17日 初観音星祭護摩法要会

8月6日 先祖大施餓鬼供養会

毎月17日 観音法要会などがある。

伊藤氏メモ『福岡寺院探訪』によると、当寺の聖観世音菩薩坐像は、藤原末期から鎌倉初期(12世紀の後期)の作ではないかと言われているという。()

ひとくちメモ

成就院の周辺は閑静な住宅街である。 藤棚があり、きれいに咲いていました。

関連寺院


脚注

周辺のスポット(4km以内)

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