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修昌山(しゅうしょうざん)法性寺(ほっしょうじ)日蓮宗

歴史

伊藤氏メモ正長元年1428日親上人が九州へ法華経を布教するため総導師として博多に上陸し、 市小路(現在の蔵本交差点から北側あたり)に創立した西国最初の霊場である。 戦火で焼失したが、秀吉の町割りによって蓮池町(現在の博多区中呉服町妙典寺の南隣)に移転再建。 しかし、明治43年1910に市内電車が開通するとき(現在その敷設道部分は明治通り)博多区千代町に移転し、 再々建された。 日親上人張子像が奉安され、1月、5月、9月に開帳される。 (Links② )()

参考:『筑前國続風土記拾遺』』

ひとくちメモ

山門の両脇には天部(持国天・多聞天・毘沙門天など)の尊像が安置されている。具体的な尊名はわからない。

本堂前には紅梅・ロウバイなどが見られる。ホームページによるとシダレザクラもあるようだが未確認。 寺の西・北側は昔ながらの町並みもみられる。

法性寺の門前は国道3号線が走り、その先は並行して御笠川が博多湾に流れ込んでいる。 御笠川の対岸は博多寺町と言われ、 安国山 聖福寺萬松山 承天寺をはじめ、 そうそうたるお寺がかたまってあり、絶好の散策エリアである。参考:博多寺町コース|霊場・散策コース

筑前國続風土記拾遺

筑前國続風土記拾遺』巻之9 博多寺院(下)に下記の記述が見られる。

修昌山と号す。院号なし。 日蓮宗京都本法寺の末なり。 正長元年1428日親上人開基せり。 筑前國中にて此家門の最初の寺也といふ。 本編に日親は上総國人應永14年(1407)生長享元年(1487)9月17日寂す。或長享2年(1488)ともいふ。

始は市小路町上番東側に有しを慶長8年1603今の所に移すと云。 國中一の觸頭(ふれがしら)なり。 寺内に開山堂日親堂とも云番神堂あり。

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