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() 五穀神社(ごこくじんじゃ) 神道

歴史

地元の古老の話として、当社と鹽竃北辰神社(しおがまほくしんじんじゃ)は最初は「地行にあった塩田辺り(現NTT社宅あたり[1])」にあったとある。大正年間1912-1926、当社は現在地に、鹽竃北辰神社は鳥飼八幡宮に移築されたと推察される。

お祭り:2月初午(初午祭)・5月1日(夏祈祷祭)・7月15日(夏祭り)(以上、神仏舎の扉に張られたカラー印刷の「五穀神社の略縁起」より)

当社は福岡市新四国霊場第25番となっている、

ひとくちメモ

朱色の鳥居をくぐって境内に入る。正面に石祠(この石祠が当社の神殿ではなかろうか?)がある。 石祠に向かって左手に「福岡市新四国 第25番札所」の看板が掛けられた小堂がある。 その先に神仏舎[2]がある。扉は解錠されており「冬季17:30、夏季:18:30に閉めますのでご了承下さい。 お詣り下さりありがとうございます。」と達筆で書かれた張り紙が貼ってある。その隣には「五穀神社の略縁起」も貼ってある。

扉を開けて中に入ると2畳ほどの座敷の奥の薄暗い祭壇に多数の仏像が安置されている。 皆、線香の煤で真っ黒。目を凝らして見てもお姿がなかなか確認できない。 不動明王・お抱え地蔵菩薩・観音菩薩だけはかろうじて確認できた。 多数の仏に囲まれてしばし念仏。ものすごい御利益がありそうである。

当社の周辺は狭い道が入り組んでいる。周辺の宅地開発を免れた地域のようで昔のままの町割りの様子のようだ。今昔マップ(1922年頃)では当時はこの辺りは海岸であったようだ。塩田もあったというから、漁師町だったのかも知れない。

謝辞:当社は福岡市中央区在住のpopo様に教えて頂きました。感謝感謝。

脚注

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