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宝満山()妙香庵(みょうこうあん)☆☆☆天台宗

歴史

境内の案内板の内容を下に記す。

「伝教大師尊像」と「蓮華の灯火」

この宝満山は、比叡山を開かれた伝教大師最澄上人が、 入唐求法(にっとうぐほう)(遣唐使として仏の法を求めて中国に渡る)に当たり、 竈門山寺(そうもんさんじ)に航海の安全を祈られ、 また帰国後に発願された全国六所宝塔のうち、 九州を守護する為、「安西宝塔(あんざいほうとう)[1]を建てられた伝教大師ゆかりの地であります。

このような縁由により、ここ宝満山妙香庵には、 昭和62年198710月15日、 比叡山開創1200年を記念して、 聖地天台山を遥拝する求道に燃える青年僧最澄上人の御姿(高さ5m80cm 青銅製)を建立いたしました。

また伝教大師は中国より戻られた後、 横大路(よこおおじ)家(福岡県糟屋郡新宮町)に(かまど)の火を授けられました。 その火はそれ以来「千年家(せんねんや)の火」として1200年間、 横大路家によって守り伝えてこられましたが、このたび「蓮華(れんげ)の灯火」(千年家伝承の炉火)として、 ここ妙香庵の伝教大師尊像御宝前に永く伝えることになりました。

今回、その「蓮華の灯火」の開眼(かいげん)、 並びに「伝教大師尊像」建立25周年記念の法要が平成23年2011、 第256世天台座主半田孝淳猊下(げいか)大導師のもと厳かに奉修されました。

この地が伝教大師聖蹟として、 さらに新たな歴史を刻むことになりましたので、 ここに由緒を特記いたしました。

平成23年11月4日 宝満山妙香庵住職 森妙香

千年家横大路家住宅を巡る | Kominka Projectによれば、法火の本家はそれを守る方が亡くなられ守ることが困難となり、妙香庵に引き継いだとのことである。

ひとくちメモ

竈門神社の竈門山寺跡の礎石を見に行った時に、妙香庵の存在を初めて知った。 山の中腹まで登り、偶然「安西宝塔跡」の前を通り、 そこの案内板でその地が妙香庵によって管理されていることを知った。

寺は竈門神社の参道脇(県道578号線沿)にある。境内には大黒堂・観音像などが見られる。 直線距離で100mほど北方に分院がある。

[分院]には巨大な伝教大師の像が南西方向を向いて建っている。その先には太宰府の町並が見える。 おそらく、唐の長安もその先の方向であろう。 境内・建物は真新しい。

伊藤氏メモ昭和62年の初代開山。地図上、妙香庵は南北100数十mほど離れて2か所表示されている。

南側の方(竈門神社の参道脇。豆塚山前バス停と老人ホーム風の間)にあるのが、本堂・祈祷所である。大黒堂や、平成19年に建立された慈悲観音像などがある。

北側の方にあるのが、伝教大師堂である。6m近い大きな最澄上人(伝教大師)の像が立っている。()

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脚注

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