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原山()無量寺跡(むりょうじあと)[原八坊跡]天台宗

歴史

弘仁9年(818)最澄による開基、あるいは天安2年(858)円珍の弟子による開基の2説ある。[1]

菅原道真(延喜3年(903)没)の葬儀に関わったという伝承がある。

一遍上人(1234-1289)が16歳から25歳まで、原山弘西寺で修行したと伝わる。 元弘3年(1333)後醍醐天皇の子、尊良親王が「太宰府原山之際」に臨幸したと伝わる。 延元元年(1336)3月3日午後に都から敗走した足利尊氏が「原山の一坊」に入ったと伝わる。

天正14年(1586)7月の岩屋城の戦いによる堂宇の焼失が原因で廃絶したという伝説を残す。[2] その際、原山の僧侶などは、菅原道真の葬儀に関わった縁により安楽寺天満宮に組み込まれた。

明治初年の廃仏毀釈により、安楽寺天満宮は太宰府神社となり、この際、原八坊は解散、その法灯が消えることとなる。 明治38年(1905)旧原八坊は集まって、その歴史を残す為寺地に碑文を残したことが原山本堂跡地の南西脇の原山記念碑に記されている。(以上Links① より)

当寺は次の8坊を有していたようだ。華台坊(けたいぼう)六度寺(ろくどじ)安祥寺(あんしょうじ)十境坊(じっきょうぼう)真寂坊(しんじゃくぼう)宝寿坊(ほうじゅぼう)寂門坊(じゃくもん)明星坊(みょうじょうぼう)(明星坊は途中で廃絶して慶長年間に常修坊(じょうしゅう)が加わる。)(Links④ より)

ひとくちメモ

未参拝の為、未稿。

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脚注

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