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法輪山() 西念寺(さいねんじ) 浄土真宗本願寺派

歴史

門前の陶板製の案内板の内容を下に記す。

西念寺

開祖小山田正信は、秋月種実が毛利元就の下に身を寄せていた頃からの家臣で、 永禄2年1559頃、種実に従って九州へ下ってきた。

天正15年1587豊臣秀吉は九州征伐のため下向し種実を降伏させると、 秋月に3日間滞在した。 2日間は種実の居城ともいわれる荒平城に、 もう1日は正信宅に入った。 正信は熱心な真宗の信者であり、 秀吉に随行してきた本願寺の教如から出家を進められ、 自宅を寺として開山したのが西念寺である。 寛永元年1624、初代藩主黒田長興に町割りにより現在地に移された。

本堂裏には、藩校稽古館の教授を務め漢詩人としても知られる原古処、 その娘采蘋(さいひん)などの墓がある。

甘木市 2001.03

境内の「浄土真宗 西念寺の由来」と題された別の案内板によれば、 正信宅は「四ツ小路」にあったという。 寺には太閤より拝領した「茄子の徳利」が寺宝として愛蔵されている。 山門は高観音から移築されたもの。 鐘楼は永延元年1673に寄進されたものという。

参考:『筑前國続風土記附録』

ひとくちメモ

西念寺は秋月城下のメインストリートである県道322号線(旧秋月街道)から脇道に入り、 野鳥川に架かる今小路橋を渡った所に伽藍を構えている。 この脇道の両サイドには昔ながらの建物が所々に観られ、今小路橋の上からの景色も中々のものである。

長い参道の先に石段があり、そこを登ると境内である。 境内には、本堂・鐘楼、本堂前には枝ぶりの良い松などがみられる。 この本堂は屋根が二重の造り。黒い瓦がベースで装飾はかなり凝ったものとなっている。 境内からの門前の風景・その先の古処山などの山並みの風景も良い。 門前の道を少し東へ行くと本證寺がある。

伊藤氏メモ40段ほどのなだらかな石段を進んで境内へ。境内本堂前には、高浜虚子の句碑、原古処の詩碑がある。()

『筑前國続風土記附録』巻之15 夜須郡 下 秋月の項

西念寺真宗 佛堂6間4面

法輪山と號す。 西本願寺に属せり。 天正年中1573-1593本山より寺號木佛をゆるされしといふ。

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