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無量山() 光照寺(こうしょうじ) 浄土真宗本願寺派

歴史

筑前國続風土記拾遺』巻之19 夜須郡(上) 甘木村の項に下記の記事がみられる。

光照寺

二日町に在。真宗西本願寺末也。 昔は横町に在しを寛文年1661-1672中今の地に移せり。 其旧跡圃となりてあり。 其處に開基の僧の墓といひ傳へて塚あり。 寺内に石碑有。 妙信大姉之墓寛文元年16616月27日と識せり。 相傳へて叡山霊空[1]の墓也といふ。 霊空ハ當郡大塚村の産也。 故に母氏の墓此寺にあるもよしあるに似たり。 當寺元和年中1615-1624木佛をゆるさる。

本堂は、秋月の古心寺境内の案内板によれば、 古心寺から移築されたものという。 境内の案内板によれば、明治7年のことという。翌明治8年に風害を恐れ、棟高を低めて再建されたという。

寺歴は、山門をくぐって右手に陶板製の巨大な案内板があり、歴代住職の代毎に詳細に記載されている。

ひとくちメモ

寺の裏手には、朝倉市立甘木小学校がある。 山門はその反対側(南側)となるが、北側の甘木小学校側には50台収容可能な駐車場が完備されており、 そこから直接境内に入る事ができる。

山門前には水路が流れ、その脇に鐘楼がある。 本堂は上の歴史にも記載しているが、秋月古心寺から移築されたものとのこと。 そこはかとなく歴史を感じるものとなっている。

伊藤氏メモ寺内案内板「本堂改築の経緯」の要旨を以下に記載します。 「昭和4年現庫裏が新築され本堂の棟より1m余りも高くなってしまった。以降、 何とかしたいとの動きがあり、昭和58年頃から門徒より本堂改築の声が高まった。 約400年前の準重文的な姿をそのまま恒久的に残すため、 旧来の本堂の偉容そのままに庫裏より高い重層に再築されることになった(重層入母屋破風造り)。平成元年に落慶法要。」

住職は大内義隆の子孫にあたるとのこと。現第16世。()

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