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娑婆河山引接院() 浄土寺(じょうどじ) 浄土宗

歴史5 phrases

筑前國続風土記拾遺』巻之下19 夜須郡 上 甘木村の項に下記の記載がある、

浄土寺

娑婆河山引接院と号す。 山門は後町に開き本堂ハ横内町に属す。 浄土宗鎮西派筑後國善導寺末也。 寛永18年1641宗官又右衛門政一開基す。

寺内に銀杏の大木あり。 樹下の宗官か墓あり。 墓石に當寺開基仙光院覚譽浄本寛永182月11日と誌せり。

家説に政一か曽祖父を石田又右衛門政廣といふ。 祖父を又兵衛政一、父を茂左衛門政綱といふ。 世々播州に居たり。 政綱石田氏を改めて宗官と称す。 政綱政一父子如水公興雲公[1]に従ひて豊前國に移り。 筑前に来る後に恩禄を賜ハり代官として甘木に居住す。 政綱死後政一病身にして職禄を辞し農民となれり。 その子孫續して今猶此村にあり。 當寺に雲州大社[2]の白蛇を蔵む。

ひとくちメモ4 phrases

甘木小学校の東隣に伽藍を構えている。 境内には、閻魔大王像と多数の観音像が安置されているお堂、宝篋印塔などがある。 閻魔大王像は怖いお顔をされておられるがどことなくユーモラスでもある。

『拾遺』に記載されている銀杏の大木と思われる木は本堂に向って右手の墓地に立っている。 その木が『拾遺』に記載されているものかどうかは未確認。 また、宗官の墓碑も未確認である。 次回お参りのおり確認しよう。

山門脇に橋の部材と思われる石が2つ(それぞれ「浄土橋」「昭和26年3月」と刻印されている)ポツンと置いてある。 地図を見ると浄土寺の東側から西側に流れる水路のようなものがある。 浄土寺の門前ではどうやら地下を流れているようである。 町の開発で川は地下に潜り、橋も不要になったのではなかろうか?

伊藤氏メモ本堂は幕末から明治にかけてのものであろうとのこと。この日は婦人会開催日とのことで、堂内は大賑わいでした。現第21世。()

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