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秋月山浄土院()大凉寺(だいりょうじ)浄土宗

歴史

境内の案内板の内容をほぼそのまま記す。

大凉寺縁起

當山は天正3年1575當時の武士牧四郎左ヱ門浄仙翁の開基にして秋月山高照院浄仙寺と称して今の祇園社の辺にあったものを寛永9年1632當山開山誠譽上人が現在の地に移したと伝えられている。

初代藩主、黒田長興公入国後、寛永12年1635正月12日、 大凉院殿(母・長政公夫人)死去に際し院殿の御廟を立て 御位牌を安置し秋月山浄土院大凉寺と改称されたという。

大凉院殿は、徳川家の血縁にて、當山を菩提所と定め葵の御紋を付したのも、そこに意図したものと思われる。

享保17年1732には第4代藩主長治公の時、 亡母、養眞院殿菩提の為、不断念仏会も御開闢されたと寺録にあり。

平成2年4月 山主敬白

伊藤氏メモ本堂はおよそ200年前のものといわれている古く立派なもの。 山門入ってすぐ右側には、海賀宮門(秋月藩の幕末勤皇家。京都寺田屋事件に関連し、薩摩藩に捕縛)の墓がある。現第26世。()

福岡市中央区の大凉山 少林寺も大凉院(栄姫)の菩提寺である。

参考:『筑前國続風土記』

ひとくちメモ

大凉寺は秋月の観光のメインストリートより少し奥まったところに伽藍を構えている。

本堂裏手の林の中は広大な墓地となっており、その中に大凉院の墓所もある。 境内・裏手の墓地のカエデは見事である。

『筑前國続風土記』巻之10 ○秋月の項からの抜粋

大凉寺(浄土宗鎮西派)秋月高照院と號す。 秋月邑にあり。 此寺初は浄仙寺と號して、今の大凉寺の門の向ひにありしを、 寛永9年1632に光誉と云僧、今の地にうつせり。 後に長興其母公大凉院の位牌を此寺に安置し給ふ。 是よりして大凉寺と改む。 大凉院の仮位牌あり。30石の寺領を長興より寄附したまふ。

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