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甘木山(かんぼくさん) 安長寺(あんちょうじ) [安長禅寺] ★★ 臨済宗東福寺派

イベント情報(今日から2ヶ月間)

2020-01-04
11:00〜12:00
バタバタ市 「豆太鼓バタバタ」が境内で販売される。
11:00より大般若祈祷
11:30より餅まき
2020-01-05
11:00〜12:00
バタバタ市 「豆太鼓バタバタ」が境内で販売される。
11:00より大般若祈祷
11:30より餅まき

歴史

Linksのページによれば、創建は延喜年間901-923の末919頃、甘木遠江守安長によるという。 山号「甘木山」寺号「安長寺」はこの安長の氏名(うじな)及び名にちなんだものという。 正安年間1299-1301、博多承天寺の住職蔵山順空和尚(諡号は円鑑禅師)が現在の禅宗に改宗したという。 地名「甘木」も安長の氏名(うじな)をとったものという。

順空は、宋からの帰朝後佐賀県の高城寺を開山、その後博多承天寺に移り、この時期に甘木安長寺の住職を兼務。その後臨済宗の大本山東福寺の第6世となる。

境内の案内板の内容をこちらをご覧ください、

伊藤氏メモ今日、福岡県地域を代表する飴の生産地は甘木であり、福岡市の櫛田神社・筥崎宮をはじめとして全国の神社の七五三に用いられる千歳飴がここで作られている。 甘木における飴の生産は、江戸時代の中頃に安長寺の門前で大坪七之助という人物が三奈木産の黒砂糖を原料とする棒状の「地蔵飴」を売り出したことに始まるとされる。 しかし天正8年1580創業とされる甘木飴の老舗「三松堂(さんしょうどう)」(朝倉郡筑前町久松)には、 天正15年1587九州平定の途中に甘木の安長寺に立ち寄った豊臣秀吉に棒飴を献上したところ「甘き飴」との褒め言葉を賜ったとの伝承があり、現在でも飴の袋には安長寺境内のカンボクの葉の図案が用いられている。(『砂糖の通った道《菓子から見た社会史》 』より)()

ひとくちメモ

安長寺は、甘木の町中に伽藍を構えている。その周辺は歴史を感じるかなり大きな商店街のアーケードなどがある。 今回は駆け足でのお参りであったため周辺の町並を観光できなかったが、次回お参りのときはじっくり観察したい場所のひとつである。

大楠は見事。須賀神社 の大楠との男女関係はご当地の方々がロマンチストであったことが偲ばれる。

門前付近の写真はこちら。 バタバタ市の写真はこちら

歴史の項でも述べたが、1100年以上歴史のあるお寺である。 話題も盛りだくさんである。 下にキーワードのみ列挙する。それぞれのリンク文字をクリックするとLinksのページの説明の項にジャンプします。

伊藤氏メモお参りをさせていただきたくお願いしましたら、庫裏へ案内されました。元々本堂は大楠のあるあたりにあったが火災により焼失。 その後、長い間、本堂を再建することはなく、庫裏を本堂として現在にいたっているとのことでした。()

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