3月10日(2018年)に、佐賀市南部バイパス(環状南通り)南側を廻ってきました。 初春を感じる穏やかな気候のなか、佐賀市南部郊外の寺院をゆったりとめぐることができました。随所随所での観梅にもいい時期でした。
当日のコースのお勧めは、やはりなんといっても「高伝寺」です。 龍造寺・鍋島両家の墓碑群は圧巻です。時間があれば「焼鳥あぶさん」にもぜひどうぞ。
地図はこちら。
欽明天皇25年(564)に勅願造立された與賀神社(与賀神社)は、鎌倉時代から「與賀御庄鎮守宮」として、室町時代以降は少弐・高木・龍造寺・鍋島氏に與賀郷の崇廟として崇められた。特に鍋島氏は佐賀城の鎮守、産土(うぶすな)神社として崇敬し、数々の寄進をした。 境内の西側に入口があり、国の重要文化財である約400年前に造られた肥前鳥居と石造反橋(そりばし)、室町時代後期建立の楼門を通っていくと、その奥に西面して本殿・拝殿が建っている。本殿は五間社流造銅板葺、拝殿は入母屋造銅板葺で正面に唐破風(からはふ)を付している。建築年代は掲げてある棟札から本殿が宝暦8年(1758)、拝殿がその翌年の宝暦9年であることが分かる。 その他境内には樹齢1400年の楠などの古い樹木や、佐賀恵比寿神社や寶壽(ほうじゅ)稲荷神社などの境内社がある。 これらが境内に点在する狛犬や石燈籠などの石造物と一体となって、佐賀市の重要な歴史的景観を形成している。
欽明天皇25年(564)に勅願造立された與賀神社(与賀神社)は、鎌倉時代から「與賀御庄鎮守宮」として、室町時代以降は少弐・高木・龍造寺・鍋島氏に與賀郷の崇廟として崇められた。特に鍋島氏は佐賀城の鎮守、産土(うぶすな)神社として崇敬し、数々の寄進をした。
境内の西側に入口があり、国の重要文化財である約400年前に造られた肥前鳥居と石造反橋(そりばし)、室町時代後期建立の楼門を通っていくと、その奥に西面して本殿・拝殿が建っている。本殿は五間社流造銅板葺、拝殿は入母屋造銅板葺で正面に唐破風(からはふ)を付している。建築年代は掲げてある棟札から本殿が宝暦8年(1758)、拝殿がその翌年の宝暦9年であることが分かる。
その他境内には樹齢1400年の楠などの古い樹木や、佐賀恵比寿神社や寶壽(ほうじゅ)稲荷神社などの境内社がある。 これらが境内に点在する狛犬や石燈籠などの石造物と一体となって、佐賀市の重要な歴史的景観を形成している。
(「佐賀市HP/佐賀市景観重要構築物等」より)
境内の様子は、與賀神社(与賀神社)を参照ください。
小さな店で、自ら焼鳥を焼き接客をこなす店主は、元プロ野球選手の永渕洋三氏。 永渕氏は、佐賀市出身(城南中学、佐賀西高校)で、 現役時代は酒豪として知られ、水島新司の漫画『あぶさん』の主人公・景浦安武のモデルとなった。
昭和42年(1967)、社会人野球の東芝を経て、近鉄バファローズ入団。 昭和43年、プロデビュー。代打でのプロ初打席を初球ホームランで飾る。 この年、監督の三原脩は永渕に投手・外野手・代打の3役を与えた。試合途中で代打に出て、次の回にマウンドに登り、何人か投げて、外野の守備に回ったり、外野からワンポイントリリーフでマウンドに行き、終わるとまた外野に戻るというような起用を行った。 昭和44年、パリーグ首位打者獲得。
永渕店主は気さくな人柄、気軽なお店であり、一人で一見(いちげん)さんで行っても安心です。当日も一人でぶらりと立ち寄ったものです。 とはいえ、御年75。「いつまでも店を続けるわけには・・・」という言に寂しさを感じたものでした。
「健康的な週に2回の日本酒とビール日記/HP/永渕洋三さんのお店 やきとり あぶさん」を参照ください。