お寺めぐりの友

PC版

分類» 不鉄桂文ゆかりのお寺

不鉄桂文ふてつけいもんゆかりのお寺のリストです。

永禄7年1564松浦郷東山代村内野(現:伊万里市東山代町内野)に鴨川家に生まれる。 13歳で長門大寧寺で修行。 28歳で総持寺(山ン寺)の住職となる。

秀吉が名護屋に本陣を置いた時、総持寺で朝夕撞く巨鐘の音が名護屋の本陣まで聞こえ、陣布令の鐘と混濁したので総持寺の鐘を撞くことを禁じた。 しかし、桂文和尚は朝夕の鐘は仏の声であり寺院の命であると寺法を曲げなかったので、太閤の逆鱗に触れて同寺院の焼き払いの処分を受けたという言い伝えが遺っている。

宗智寺に埋葬墓が、本光寺に遥拝墓がある。著作の『三百則抄』「葉隠」に引き継がれたといわれる。寛永13年1636寂。 (以上 佐賀県人名辞典202005より)

上の言い伝えが事実とすると、 総持寺が焼き払われた時期は文禄元年1592-慶長3年1598の間のある時期と思われる。 桂文の出生年から計算して、桂文が住職に就任したのは文禄元年1592頃。 慶長3年に1598秀吉が亡くなっている。

総持寺-名護屋城間の直線距離=27.24km。こんなに遠くまで鐘の音が届いたのだろうか?

並べ替え
Top