お寺めぐりの友

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旧街道» 長崎街道» 轟木宿

今回()は初回の取材で、田代宿の取材の後に行ったため、じっくり観て回れなかった。 あまり詳しく記載できない。 次回はじっくり取材をしてこよう。

日子神社前の案内板の内容をそのまま記載する。

長崎街道・轟木宿

轟木(とどろき)宿は肥前鍋島(なべしま)藩の東端に位置する国境の宿場町で、 轟木川(別名番所川)を対馬藩との境界とし、 番所がもうけられきびしい検問を行っていました。

宿場町は(かみ)町・中町・(しも)町・新町の4町から成り、 番所は上町に、幕府の布告・人馬の公定賃金などを書く制札(せいさつ)は中町との角に、 人足・馬を用立てる人馬置床は下町に設けられていました。 旅籠(はたご)・商店は中町・下町に多く、長崎屋・(かど)屋・泉屋・柳屋など 13軒の旅籠が並んでいました。また、藩境であったため、藩主の宿泊する御茶屋(おちゃや)も中町の東側に建てられていました。 新町には細工(さいく)師・大工(だいく)などが多く住み、職人町となっていました。

鳥栖市教育委員会

宿場内では右図のような標識が道路に貼り付けられている。 初めて行く人には極めて親切である。作者も助かった。

ルート(概算距離:5930m)23

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