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旧街道» 長崎街道» 木屋瀬宿

筑前國続風土記』巻之13 鞍手郡 ○木屋瀬 の項にその名の由来が記載されている。

「勝光上人(聖光上人の誤植)穂波郡明星寺再興の時、豊後臼杵家より材木を寄附しけるを船につみ、蘆屋川(遠賀川)より上せ、 此所の河邉に木屋をかけて入置ける。其所を木屋の瀬と云。今は他國通路の宿驛と成て、民家多し。」

木屋瀬街づくりの会による案内板より抜粋する。

木屋瀬宿は江戸時代、非常な賑わいをみせていた。

宿場には東構口(跡なし)から西構口まで約1kmの裏通りのない一本道で、御茶屋(本陣) 付近で直角に曲がって見通しを断ち、又鋸歯(のこのは)状(矢止め)の家並は 我が身を隠して賊に対し、更に脇道には、決まって寺社に突き当たる袋小路という、 すべてが治安防衛を考えた昔の様が、今でも残っているのは、長崎街道の中でも 珍しいと言える。

オランダ商館医師ケンベル、同シーボルト・測量学者伊能忠敬(いのうただたか)・ 学者頼山陽(らいさんよう)・洋画家司馬江漢(しばこうかん)・ 作家十返舎一九(じゅっぺんしゃいっく)・医師伊沢爛軒(いざわらんけん)・ 思想家吉田松陰(しょういん)等、有名な歴史人や、八代将軍吉宗に献上の象まで、 或るいは休泊し、或いは旅日記に残している点、昔を偲ぶに充分である。

ルート(概算距離:4098m)16

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