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旧街道» 長崎街道» 日見宿

「日見」の語源は、かつて旧暦の8月1日、八朔(はっさく)の日に峠に登り朝日を拝む習慣があったからとも、中世期、長崎に攻め入る豪族が峠の麓で火を焚き大軍勢に見せかけたからともいわれる。

島原の乱1668以前は島原領。乱の終結後に天領となり、長崎代官の支配下となる。

永禄11年1568日見峠越えの街道が開通した。それまで長崎から江戸へは、長崎港から海路向かっていた。 慶安年1648-1652頃より日見街道「長崎街道」が整備されはじめると、この日見峠を越えて多くの人々がこの道を往来。シーボルトや勝海舟、象やラクダまでもが、この峠を越え江戸へ向かった。(以上 ナガジン!|シャッターチャンス@長崎 今も昔も長崎の重要な交通路、日見の地 より)

ここでは、日見宿から、次の長崎の前までのルートについて記載する。

ルート(概算距離:5664m)70

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