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旧街道» 唐津街道» 芦屋宿あしや(旧:筑前国遠賀郡蘆屋村 現:遠賀郡芦屋町)

概要

ここでは芦屋宿より海老津を経由し赤間宿に至るルートを紹介する。

ここに『筑前國続風土記』巻之14 遠賀郡上 ◯蘆屋(あしや)の項の内容を引用する。

民家多く町(すこぶる)(ひろ)し。富家も(また)多し。 岡の湊の南のほとりにあり。 むかひは山鹿()の里也。 遠賀川其間をへだつ。 旅船おおく出入して、交易の利多く、民家にぎはへり。

(中略)

昔此地に釜を鋳る良工數家あり。 下野國天明(てんみょう)よりなほ精巧なり。 其鋳物師は太田氏、朝廷より受領の官を給はり、蘆屋の向、山鹿の里に居たりし故、 山鹿左近丞と稱す。 天正(1573-1592)の比より(だんだん)衰て、 長政公入國し玉ふ時、なほ其工人の家ありといへども、 其職人ども皆賤工となり、其後に家絶たり。 その末裔は博多姪濱に移り、近世は博多に在て良工なり。 やや古にも及ぶべし。 土産門に詳にしるす。

芦屋は「葦屋」「蘆屋」とも書き遠賀川の河口に位置し、流域の産物の集散地であった。

芦屋町の歴史については、芦屋歴史の里(施設案内) - 芦屋町に、かなりの遺物が保存されている。

経路

ルート(概算距離:12286m)52

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