お寺めぐりの友

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旧街道» 豊後街道» 大津宿

ここでは小津宿より内牧宿までの手前のルートについて記す。

江戸幕府が始まる前は大津日吉神社が鎮座する場所に合志一族が守る東嶽城があり、その周辺に人々が住み始めていた。これが大津宿の草造時代であったようだ。

江戸初期、熊本藩主は宿場町をつくるべく上井手(上井手川)開削に伴い、苦竹(にがたけ)(現大津中学校の南側)の村民を苦竹町(現在の菅原神社周辺)に移住させた。併せて、苦竹年禰神社(にがたけねぎじんじゃ)も寛永8年1631に現在の位置に遷座した。 こうして、上井手に沿った町並み(塘町筋)ができていったと言われている。

大津苦竹塔迫絵図を眺めてみれば、寛政の頃1789-1801には宿場の全体に渡って建物が立っていたことがわかる。

ルート(概算距離:20996m)57

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