謝国明(しゃこくめい) KOKUMEI SHA

場所
 
在世期間
生年未詳 - 1280年 88歳で没
人物伝

はかた情緒めぐり』(はかた情緒めぐり実行委員会)の内容をそのまま引用する。

(そう)貿易が盛んであった頃、博多は多くの外国人商人の往来する国際都市であった。 その中で、博多の地に居を構える者も現れ、「博多 網首(こうしゅ)」と呼ばれるようになった。 彼らは当時の寺社との結びつきが強かったと言われており、その代表格が謝国明である。 彼は、聖一国師()の熱心な支持者で私財をなげうって、 承天寺の創建に尽力した。 謝国明が亡くなった後、楠木を植えて祀ったことから、地元の人には「大楠さま」と呼ばれて 親しまれている。毎年、8月21日には謝国明を偲んで千灯明祭が開かれている。

福岡市博多区博多駅前1丁目に墓がある。

謝国明の墓の案内板より

建久2年(1193)宋で生まれた謝国明は、帰化して綱首謝太郎国明(こうしゅしゃたろうくにあき)といい、 櫛田神社の近くに住んでいた。日宋貿易に従事し、聖一国師を助けて承天寺を建てた。 また、はり治療を教えたり、貧民救済を行い88歳でなくなった。

謝国明の墓
  • 福岡市博多区博多駅前1丁目の墓所
    福岡市博多区博多駅前1丁目の墓所