元寇防塁(生の松原)(げんこうぼうるいいきのまつばら)[福岡市西区] IKINO-MATSUBARA STONE FORTIFICATIONS

  • 全景 - 右側は博多湾
    全景 - 右側は博多湾 

場所

福岡県福岡市西区生の松原1丁目-小戸5丁目  MAP

歴史

現地の案内板の内容をそのまま記す。

文永11年1274、元(モンゴル)軍は博多湾に侵入、 上陸して幕府軍と激戦を繰 り広げました。 幕府は元軍の再襲来に備え、 九州の御家人に命じて博多湾岸に約20kmにわたる石塁(元寇防塁)を築かせま した。 生の松原地区の石塁は海側に石を積み上げ、陸側は版築(はんちく)と呼ばれる工法で 土と砂を突き固めて構築されています。 高さは 約2.5mで、 陸側は一段下がって階段状になっています。 蒙古襲来絵詞(もうこしゅうらいえことば)には、 この地区を担当 した 肥後 (現在の熊本県) の竹崎季長(たけざきすえなが)一行が石塁と共に描かれています。

ひとくちメモ

この防塁は、生の松原の東端に程近い海岸沿いにある。石組など、当時の様子がかなり良い状態で復元されている。 この防塁は、未だ発掘作業が十分進んでいないが、生の松原海水浴場付近まで確認できるという。 『蒙古襲来絵詞』は九州大学のホームページに 精密なデジタル写真が掲示されている。

また、生の松原は福岡市民の海水浴場でもあり、岸から投げ釣りも可能である。

写真

  • 石組
    石組 
  • 生の松原
    生の松原