街道を通った人々他

概要

北部九州の街道の宿駅を通過した人・動物を記載することによって、当時の北部九州内の宿駅間の関連性などを論じようとしています。 只今起稿中。

八代将軍吉宗の命により実施された。 安南(ベトナム)より象二頭(7才雄・5才雌)が到着。 享保131728年6月13日長崎に到着。 雌のほうは舌にはれものができて死亡。

一行は、 長崎代官配下の小舳田(おえだ)八左衛門、福井雄助らの侍、通司、象使いら13人。とこの象。 出展『街道と宿場町』 p64

長崎
6月13日
〜翌年3月13日
唐人屋敷
→
矢上村
→
大村
→
嬉野
→
神埼
→
田代
→
山家
→
飯塚
3月22日
→
木屋瀬
→
黒崎
→
小倉
→
京都
4月30日頃
→
江戸
5月25日

ケンペル

エンゲベルト・ケンペル。ドイツ出身の博物学者.商館外科医。著書に『江戸参府紀行』。 五代将軍綱吉謁見の為。 元禄4年16912月13日に長崎出発。

一行は、商館長・医師など数名。それに通司(通訳)ら5-60名。 道中では大名並の待遇を受けた。

ちなみに江戸参府は慶長14年1609にはじまり、江戸期に170回にも及ぶ。 出展『街道と宿場町』 p62

長崎
2月13日
→
原田
2月16日
→
山家
2月16日
→
冷水峠
2月16日
→
内野
2月16日
→
飯塚
2月16日
→
木屋瀬
2月17日
→
江戸

天保4年5月の山家宿の混雑状況

天保4年18335月の九州諸藩の大名行列の様子。

出展『筑前の街道』 p48

[薩摩藩主島津斉興(なりおき)の一行]

小倉
→
黒崎
→
木屋瀬
→
青柳
→
箱崎
→
二日市
5月20日
人馬継替
→
山家の大又
5月20日
→
松崎
5月20日
→
薩摩

[肥前鹿島藩主鍋島丹波守の一行]

小倉
→
黒崎
→
木屋瀬
→
飯塚
→
内野
5月21日
→
山家
5月21日
→
原田
5月21日

[蓮池藩主の一行]

小倉
→
黒崎
→
木屋瀬
→
飯塚
→
内野
5月21日
→
山家
5月21日
人馬継替
→
原田
5月21日

[久留米藩主先荷駄77頭]

内野
5月22日
→
山家の大又
5月22日
→
松崎

[福岡藩主黒田長溥(ながひろ)の長崎巡視帰り一行]

山家
5月22日
お茶屋
→
雑餉隈
5月23日
→
福岡
5月23日

福岡藩士がよく利用するルート

御道中道法之記

出展『筑前の街道』 p55

原田
→
冷水峠
→
黒崎
福岡
→
唐津
→
長崎

文政13年1830関谷半兵衛の江戸詰

関谷半兵衛は福岡藩の武士ではなかろうか? 彼の日記の引用。

出展『筑前の街道』 p57

福岡
自宅
2月28日
午前6時
→
箱崎
2月28日
→
青柳
2月28日
→
赤間
町茶屋
2月28日
午後5時
→
木屋瀬
翌日
→
黒崎
関谷孫七郎方
翌日
→(舟)
大阪

嘉永7年18562月福岡藩主斉溥とその養嗣子長知の長崎巡検の道

佐賀藩・福岡藩と一年交代で、4月と9月に行われていたという。 下のルートは嘉永7年二人同時に別ルートで長崎に向かっている。 斉溥が上の浜崎通り、長知が下の佐賀通りで向かった。

出展『筑前の街道』 p58

天明8年-天明9年司馬江漢1747-1818

司馬江漢 - Wikipedia

出展
『筑前の街道』 p58,P162
『街道と宿場町』 p97

江戸
4月23日
→
金川
(神奈川)
→
熱海
→
府中
(静岡)
→
江尻
→
府中
(静岡)
6月21日
→
藤枝宿
小西庄兵衛
→
近江
(日野)
中井源左衛門
8月11日
→
下関
→
大里
→
小倉
→
黒崎
好き家
→
飯塚
→
宰府
大野屋
→
中原
→
佐賀城下
→
小田
→
彼杵
→
長崎
翌年1月
→
平戸
→
浜崎
筑前屋庄助宅
1月10日
→
深江
1月11日
馬に乗る
→
前原
1月11日
駕籠に乗る
→
今宿
唐津屋利助宅
1月11日
→
姪浜
1月12日
→
福岡
1月12日
→
博多
1月12日
松ばやし見物
→
青柳
1月16日
→
畦町
1月16日
→
小倉
1月18日
→
江戸

文化3年1806伊藤蘭軒の長崎行き

伊藤蘭軒が長崎奉行曲渕和泉守のお供をして長崎に行った時のコース。 (同氏の『長崎紀行』に記載されているという。)

出展『筑前の街道』 p204

江戸
5月19日
→
小倉
6月28日
→
黒崎
6月28日
休憩
→
木屋瀬
6月28日
→
飯塚
6月29日
休憩
→
内野
6月29日
→
山家
7月1日
休憩
→
田代
7月1日
→
神埼
7月2日
休憩
→
佐賀
7月2日
→
牛津
7月3日
→
塚崎
7月3日
休憩
→
嬉野
7月3日
→
彼杵
7月4日
休憩
→
大村
7月4日
→
矢上
7月5日
→
長崎
7月6日

文化2年1805大田南畝の長崎から江戸への旅

大田南畝が長崎奉行肥田豊後和泉守のお供をして長崎から江戸に戻った時のコース。

出展『筑前の街道』 p204

長崎
10月10日
→
矢上
10月10日
休憩
→
大村
10月10日
→
彼杵
10月11日
休憩
→
嬉野
10月11日
→
塚崎
10月12日
休憩
→
牛津
10月12日
→
佐賀
10月13日
→
神埼
10月13日
休憩
→
田代
10月13日
→
山家
10月14日
休憩
→
内野
10月14日
→
飯塚
10月14日
→
木屋瀬
10月15日
休憩
→
黒崎
10月15日
→
小倉
10月15日
→(舟)
下関
10月16日