牛津宿周辺のスポット

概要

ここでは牛津宿[長崎街道]周辺のスポットを紹介する。

砥川石工(とがわいしく) 標高:8.7mMAP  4km以内の寺院検索

牛津宿の南西約1.5kmの旧谷村(現在:牛津町上砥川)一帯で戦国時代-江戸期に活躍した石工集団である。 牛津宿内の寺社や堂宇の境内、道筋の石仏などはこの石工集団の作という。 『長崎街道 (肥前佐賀路) (九州文化図録撰書 (2))』によれば、砥川石工値賀川内(ちかがうち)石工(佐賀県東松浦郡玄海町)と塩田石工のルーツと云う。

値賀川内について云えば、砥川石工の徳永九郎左衛門俊幸が秀吉の名護屋城の石垣製作に貢献した後、値賀川内に移り住み、 その子孫が値賀川内石工の基礎を築いたという。

塩田石工の祖の一人といわれる筒井惣右衛門は砥川で修行し、塩田宿に戻り弟子を養成したという。

砥川石工での名工は平川与四右衛門で、元禄・享保期1688-1736に多数の作品を残しているという。 彼の作品は佐賀・長崎・熊本の三県にまたがって、30あまりの在銘像が確認されているという。 下写真の布袋像も彼の作という。 常福寺には彼の墓碑があるという。(堂寺内の案内板による)

下にこの地区の石仏の写真を掲載する。参考:砥川石工ゆかりのお寺


写真(熊野権現) 標高:8.7mMAP  4km以内の寺院検索

  • 一の鳥居脇の布袋像 - 元禄4年で平川与四右衛門の銘あり
    一の鳥居脇の布袋像 - 元禄4年で平川与四右衛門の銘あり 
  • 一の鳥居
    一の鳥居                      
  • 一の鳥居に刻まれた文字
    一の鳥居に刻まれた文字 
  • 一の鳥居に刻まれた文字
    一の鳥居に刻まれた文字 
  • 一の鳥居脇の石仏
    一の鳥居脇の石仏 

写真(八幡神社) 標高:8.7mMAP  4km以内の寺院検索

  • 一の鳥居 - 寛文2年の銘
    一の鳥居 - 寛文2年の銘 
  • 一の鳥居の文字
    一の鳥居の文字 
  • 二の鳥居 - 正保4年の銘
    二の鳥居 - 正保4年の銘 
  • 二の鳥居の文字 - 石工の銘あり
    二の鳥居の文字 - 石工の銘あり 
  • 三の鳥居
    三の鳥居  
  • 三の鳥居 - 本殿を背にして撮影
    三の鳥居 - 本殿を背にして撮影 
  • 境内の馬の石像
    境内の馬の石像  
  • 八幡神社の東約250mほどの辻にある大黒像
    八幡神社の東約250mほどの辻にある大黒像