塩田宿(しおた)[長崎街道] 旧:肥前国蓮池藩領藤津郡塩田村 現:嬉野市塩田町SHOITA STATION

概要

塩田宿の道標(常在寺付近)
塩田宿の道標(常在寺付近) 
宿場内の街並み(札の辻付近)
宿場内の街並み(札の辻付近) 
塩田郷図(嘉永3年(1850)) - 立傳寺東側の案内板より引用
塩田郷図(嘉永3年(1850)) - 立傳寺東側の案内板より引用 
町考図(慶應2) - 『居蔵の街並み 塩田津』より引用
町考図(慶應2) - 『居蔵の街並み 塩田津』より引用 

奈良期に編纂された『肥前国風土記』によれば、「潮高満川(しおたかみつがわ)」と呼ばれており、 そのことから「塩田川」と言われるようになったという。 古代にはここより南方1kmほどに鎮座する吉浦神社付近には古代官道が通っていたとも言われ、昔からの交通の要衝であったようである。

江戸期に入ると、長崎街道の宿場町として栄え、大小の町家が軒を連ね、 町の南側の港には、塩田川を行き来する多くの船があった。 陶磁器やその原料となる天草陶石などが荷降ろされ佐賀南西部における経済の中心地として栄えた。 また、佐賀藩の支藩である蓮池藩の拠点ともなっていた。

しかし、度重なる塩田川の氾濫で、旅人は足止めされることが多く、18世紀後半より嬉野宿-武雄間の塚崎道が主流となる。 (『居蔵造の街並み 塩田津』(塩田津町並み保存会編)、宿場内の案内板などより)

ここ塩田宿の説明資料には「塩田津」として説明されている場合が多いようである。 作者は、一般の「津」とは、海の港とイメージが強い。 昔の人達も一般にはそう理解していたのではなかろうか? この川沿いの港を「津」と呼んだのはそれだけ、この付近の塩田川の規模が大きく、 港を出入りする船の数も規模も大きかった事を誇張、自慢してのことではなかろうか?

ここでは、塩田宿から、次の下宿追分までのルートを記載する。

ルート

錦江橋 → 丹生神社下宮 → 立傳寺 → 生蓮寺 → 本應寺 → 御蔵馬場 → 西岡家住宅 → 札の辻 → 恵比寿像 → 追分(鹿島宿から合流) → 六地蔵塔 → (この間未踏査) → 嬉野宿

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白壁づくりの塩田津を歩く | 特集記事 | あそぼーさが
塩田宿 佐賀国道事務所


錦江橋 標高:6.4m MAP  4km以内の寺院検索

錦江橋 - 追分に向かって撮影
錦江橋 - 追分に向かって撮影 

錦江橋は八幡川(はちまんがわ)に架けられた橋である。 橋を渡るといよいよ塩田宿である。

橋を渡る所からこの先の立傳寺の東川あたりが宿場の入口と考えられるが、番所などの遺構は確認できない。


丹生神社下宮 標高:6.6m MAP  4km以内の寺院検索

丹生神社下宮
丹生神社下宮 
裏手の子育て地蔵堂
裏手の子育て地蔵堂 

この辺りは昔は「下町(しもまち)」と呼ばれていたようである。

当社は、ここより1.8kmほど西方に鎮座している丹生神社(たんじょうじんじゃ)に関連するものかも知れない。

丹生神社下宮の裏手には、子育て地蔵堂がある。


立傳寺 標高:8.6m MAP  4km以内の寺院検索

門前の長崎街道 - 追分に向かって撮影
門前の長崎街道 - 追分に向かって撮影 
門前の恵比寿像
門前の恵比寿像 

立傳寺は高徳山と号し浄土真宗本願寺派の寺院である。

境内には塩田の名石工筒井藤右衛門の作なる水盤があるという。


生蓮寺 標高:8.1m MAP  4km以内の寺院検索

門前の長崎街道 - 追分に向かって撮影
門前の長崎街道 - 追分に向かって撮影 
塩田津町並み交流集会所
塩田津町並み交流集会所 
裏手の塩田津跡
裏手の塩田津跡 
旧下村家住宅
旧下村家住宅 

生蓮寺は上品山と号し、浄土宗の寺院である。

参道口の向い側には塩田津町並み交流集会所・塩田津跡・旧下村家住宅(嬉野市指定文化財)がある。


本應寺 標高:8.8m MAP  4km以内の寺院検索

門前の長崎街道 - 追分に向かって撮影
門前の長崎街道 - 追分に向かって撮影 
恵比寿像(参道口付近)
恵比寿像(参道口付近) 

本應寺は無量山壽経院と号し、浄土宗の寺院である。

庫裏には「お成りの間」があり本陣としても使われていたらしいという。


御蔵馬場 標高:8.8m MAP  4km以内の寺院検索

『塩田津』(塩田津町並み保存会編)によれば、御蔵(おくら)は文化10年1813、 現在の本應寺保育園の位置に5棟建てられた。 蓮池藩の西目の年貢米貯蔵施設である。 大正期に現在の位置(保育園より少し東側)に移築されたという。 1棟のみ現存するという。

御蔵から「浜」(塩田側)までを結ぶ道は「御蔵馬場」と呼ばれていた。


西岡家住宅 標高:9.6m MAP  4km以内の寺院検索

正面
正面 
床の間
床の間 
裏庭
裏庭 
階段
階段 
住宅内
住宅内 
住宅内
住宅内 
水屋
水屋 
住宅
住宅 
裏手 - 塩田川を背にして撮影
裏手 - 塩田川を背にして撮影 

『塩田津』(塩田津町並み保存会編)によれば、 安政2年1855の建築。 切妻造・桟瓦葺(さんかわらぶき)・平入り居倉造(いぐらづくり)の大型町家である。 (こま)つなぎ・持ち送り・吊大戸(つりおおど)()り上げ戸が設置され、 塩田津の町家の特徴を備えているという。(国指定重要文化財)

住宅内は無料開放されており、地元のボランティアと思しき方々が案内してくれる。


札の辻 標高:8.1m MAP  4km以内の寺院検索

札の辻
札の辻 
札の辻
札の辻 
辻に鎮座する恵比寿像
辻に鎮座する恵比寿像 
「歩き始めた恵比寿」 - 札の辻少し手前の街道沿い
「歩き始めた恵比寿」 - 札の辻少し手前の街道沿い 

街道はここで左に直角にカーブする。 案内板によれば「札の辻」は地元の方々は「ふだ()つじ」と呼ぶらしい。

塩田郷図(嘉永3年1850)を見れば、ここを左に直進して、常在寺の門前あたりまでは、町家が軒を連ねていたようである。


恵比寿像 標高:7.6m MAP  4km以内の寺院検索

恵比寿像
恵比寿像 
恵比寿像前の街道(前方の橋は塩田川に架けられた「浦田橋」) - 追分に向かって撮影
恵比寿像前の街道(前方の橋は塩田川に架けられた「浦田橋」) - 追分に向かって撮影 

塩田郷図(嘉永3年1850)を見れば、当時の家並みはこの先の浦田橋を渡った所で一旦途切れる。

さらに東に直進し塩田中学校の所で右に直角に曲がった先より、途切れていた家並みが復活していたようである。


追分(鹿島宿から合流) 標高:9.4m MAP  4km以内の寺院検索

追分
追分 

宿場町MAP:塩田宿(1) 佐賀国道事務所 によれば、この地点に追分石「ながさきみち/左かしまみち」があるように記されているが、周辺を探したが発見できなかった。 左の「かしまみち」を東進すると、鹿島宿に至る。

ここより、「かしまみち」を少し進むと左手に蓮乗院がある。 蓮乗院は九品山と号し、浄土宗の寺院である。


六地蔵塔 標高:6.5m MAP  4km以内の寺院検索

遠景 - 南側の塩田川堤防より撮影
遠景 - 南側の塩田川堤防より撮影 
六地蔵塔遠景
六地蔵塔遠景 
六地蔵塔
六地蔵塔 
六地蔵塔(拡大)
六地蔵塔(拡大) 
六地蔵塔脇の小さな石塔
六地蔵塔脇の小さな石塔 
六地蔵塔と石塔との位置関係
六地蔵塔と石塔との位置関係 
塩田川で獲物を狙うシラサギ
塩田川で獲物を狙うシラサギ 
南側の塩田川
南側の塩田川 

六地蔵塔の台座部(「奉再建六地蔵」と刻印)は真新しい。 六地蔵塔の少し手前には高さ30cm程の石塔がある。 文字等は判読不可。

塩田郷図(嘉永3年1850)を見れば、街道両サイドに建ち並んでいた町家はこのあたりで途切れていたようである。

街道はこの先、塩田川沿いをたどり嬉野宿に進む。