肥前街道

概要

  • 亀ノ尾越の道 - 「肥前・筑前街道―脊振坂越」より引用
    亀ノ尾越の道 - 「肥前・筑前街道―脊振坂越」より引用 

「神埼道」「筑前街道」「福岡道」「背振坂越」とも呼ばれた。

平安末期、平忠盛(1096-1153)・清盛(1118-1181)ら平家一門全盛時代に、皇室領肥前神埼荘(現佐賀県神埼郡吉野ヶ里町)と岩戸荘(いわとのしょう)(福岡県那珂川市山田)と博多を結ぶ道として、年貢米・貿易品などの輸送に使用されていた。(①より)

当街道は文化10年(1813)伊能忠敬の観測隊が測量している。(②より)

当街道は明治期まで使用されていた。亀ノ尾峠前後・霊仙寺境内には今でも石畳が残っている。 平成8年、文化庁により「歴史の道百選」に選定された。

当街道のルートの確認は、福岡県側は主に②+⑧、佐賀県側は④+⑦を参考としている。

Links&書籍

地図

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大橋 標高:13mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


鷹取延命地蔵尊 標高:10.9mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。

鷹取延命地蔵尊参照のこと。


下片縄の猿田彦大神 標高:16.4mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


御中主神社 標高:18.7mMAP  4km以内の寺院検索

全景
全景 
神殿
神殿 
地蔵菩薩(?) - 神殿(石祠)の中
地蔵菩薩(?) - 神殿(石祠)の中 
門前の肥前街道(右手に御中主神社)
門前の肥前街道(右手に御中主神社) 

『那珂川町の歴史探訪』によれば、当社は「妙見さま」ともよばれているようだ。

『筑前國続風土記附録』巻之7 那珂郡 上の片縄村「○妙見社(ミヤウケン)」との記事あり。

神殿は大木な石祠で、内部の御神体と思しき石体の前に地蔵菩薩と思われる石仏が祀られている。

那珂川沿いに上ってきた街道はここで右側にカーブ。一旦那珂川を離れる。


観音堂観音堂 標高:18mMAP  4km以内の寺院検索

観音堂
観音堂 
祭壇
祭壇 

このあたりは1922-1956には「観音堂」という字名が振られていた。詳しくは、観音堂観音堂のページを参照のこと。


如意輪観音堂 標高:25.7mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。

如意輪観音堂参照のこと。

道善天神社 標高:26.3mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。

『筑前國続風土記附録』巻之7 那珂郡 上 道善村の項に「○天神社(トウゼンジ)」という記事あり。

蓮教寺 標高:26.3mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。

蓮教寺参照のこと。

後野薬師堂 標高:23.7mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。

後野薬師堂参照のこと。

西隈の天神社 標高:28.6mMAP  4km以内の寺院検索

『筑前國続風土記附録』巻之7 那珂郡 上 西隈村の項に下記の記事がある。

○地祿天神社(テンジンヤマ)


釈迦堂 標高:32mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。

釈迦堂参照のこと。


浄光寺(山田) 標高:35.1mMAP  4km以内の寺院検索

浄光寺前の街道
浄光寺前の街道 
山田薬師堂
山田薬師堂 

街道の脇には大イチョウが立っている。イチョウの根本には山田薬師堂がある。

その隣には浄光寺が伽藍を構えている。龍頭山と号し、浄土真宗本願寺派の寺院である。


一の井手 標高:37.2mMAP  4km以内の寺院検索

一の井手の取水口
一の井手の取水口 
改築前の一の井堰 - 『なかがわ探訪 81』より
改築前の一の井堰 - 『なかがわ探訪 81』より 

「一の井手(いで)」は「一の井堰(いぜき)」とも呼ばれる。 那珂川の流れから取水してこの東側の裂田溝(さくたのうなで)(用水路)に水を通す為に建設されたもの。

この用水路は地質・地理学調査により、奈良時代(710-794)以前より現代まで使い続けられたことがわかったという。(現地案内板より)

「一の井手」「裂田溝」は神宮皇后が建設したという伝説が残る。

『筑前國続風土記』巻之6 那珂郡下に下記の記事がみられる。

○一の堰手

山田村にあり。(これ)神宮皇后のほらせ給ひし、裂田(さくだ)(うなて)の水上なり。 此水を引て下なる田地にそゝぎて、神田を作らせ給んため、神后の初てせき給へる堰手なるべし。

井手の広さ80間(≒150m)有り、大井手なり。此郡にかぎらず、此國において、是程の大堰手又別に見えず。 此水を引て下なる田地にそゝぎて山田、安徳、東隈、仲村、五郎丸、松木、今光、(およそ)7村の田地129町余、皆此堰手水を以てうるほせり。

井堰及び取水口は昭和の末期に前面改修された。(Wikipediaより)


伏見宮 標高:38.5mMAP  4km以内の寺院検索

鳥居
鳥居 
社殿
社殿 
門前の肥前街道(左手先に伏見宮) - 亀の尾峠に向って撮影
門前の肥前街道(左手先に伏見宮) - 亀の尾峠に向って撮影 
拝殿内の絵馬 - 拝殿内
拝殿内の絵馬 - 拝殿内 
拝殿内の絵馬(正面左手に「なまず」、右手に「神宮皇后」の絵馬もみられる) - 拝殿内
拝殿内の絵馬(正面左手に「なまず」、右手に「神宮皇后」の絵馬もみられる) - 拝殿内 
弘化2歳(1845)銘の絵馬 - 拝殿内
弘化2歳(1845)銘の絵馬 - 拝殿内 

『筑前國続風土記』巻之5 那珂郡下に下記の記事がみられる。

○伏見大明神社

この社始は肥前川上大明神をまつる。[1] これは神宮皇后の御妹なりと称す。

後に山城国伏見の御香宮(ごかうのみや)[2]を勧請して合せ祭る。 故に伏見稲荷大明神といふ。

相殿祇園神あり。神体は木像にて古し。 里人の云、むかし博多焼し時、此所に祇園の神体を持来り置、故に博多の祇園[3]には神体なし。 御幣を以て神体とす。

城州伏見御香宮は神宮皇后なり。 伏見にましませば、此神社を伏見大明神と号しけるにや。

むかし皇后此辺にて神田をひらき、農民をたすけ、裂田の溝(さくたのうなて)を通じ、農民をめぐませ給ひしかば、後人是を感じて皇后を此所に祭り奉れるならん。

毎年7月14日の祇園祭には拝殿で県無形文化財の「岩戸神楽」が演じられ、多くの人々で賑わう。 拝殿内には多くのナマズの絵馬が奉納されている。


なまずのかまど 標高:41mMAP  4km以内の寺院検索

なまずのかまど付近 - 一の井手の取水口より撮影
なまずのかまど付近 - 一の井手の取水口より撮影 

未踏査の為、未稿。


山田の旧道口 標高:39.5mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


光蓮寺参道口(埋金) 標高:83.5mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


一ノ瀬の日吉神社 標高:87.3mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


一ノ瀬薬師堂 標高:92.3mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


つっぱり石 標高:92.9mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


松尾山荘 標高:172.2mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


亀尾峠 標高:389.1mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


五ケ山 標高:281.2mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


旧道口(五ケ山) 標高:409mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


坂本峠 標高:531.5mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


霊仙寺東口 標高:494.3mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


御陵橋 標高:445.9mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


霊仙寺南口 標高:367.6mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


修学院 標高:114.5mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


上石動地蔵菩薩 標高:56.5mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


上石動天満宮 標高:53.2mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。


下石動天満宮 標高:40.8mMAP  4km以内の寺院検索

未踏査の為、未稿。