仏旗 醫王山 東光寺(とうこうじ) [東光禅寺] 臨済宗大徳寺派  TOUKOUJI ZEN TEMPLE 小倉-戸畑[唐津街道] 北九州西国三十三観音霊場第31番札所

  • 全景(本堂正面には三階菱)
    全景(本堂正面には三階菱) 
  • 境内風景
    境内風景 
住所・電話
〒804-0075 福岡県北九州市戸畑区北鳥旗町6-16  MAP 093-871-5853
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歴史

北九州の寺めぐり』の一部を引用する。

寺伝によると、昔、戸畑の浜近くに薬師如来を本尊とする東光寺(天台宗か?)があったが、ある時火災で焼失し、いつしか廃寺になったという。 ただこの時、本尊の薬師如来だけは村人の手で運び出されて、現在地に四本柱に茅葺きの粗末なお堂を建ててお祀りしていた。 その後、東寂宗堯和尚(とうしゅくそうぎょうおしょう)1603-1661を開山に迎えて再興されたという。 その生年から逆算すると慶長年間生まれの江戸初期の人であり、東光寺はそれ以前の鎌倉か室町時代からあったと推察できる。 その後の東光寺については空白が続く。(中略)

明治36年1903頃、大分県下毛郡(現中津市)から東寛洲宗仁和尚(ひがしかんしゅうそうじんおしょう)1854-1922(後の現東光禅寺初世住職)を迎えて、明治40年1907頃に臨済宗大徳寺派説教所を開所した。 昭和7年1932、2世住職東一哉宗柏和尚(ひがしいっさいそうはくおしょう)1895-1968の時代に福岡県から「臨済宗大徳寺派東光寺説教所」の正式認可を受ける。 昭和26年1591、宗教法人法制定により臨済宗大徳寺派宗教法人「医王山東光寺」と、現在の姿となった。 現住職は4世の東徹成和尚(ひがしてっせいおしょう)で昭和58年1992に3世東徹宗和尚(ひがしてっそうおしょう)を継いで東光寺を預かっておられる。(後略)

地蔵堂の由来(山門脇の金属製の案内板の内容)を本ページ下部に掲示します。

ひとくちメモ

東光寺は小倉(豊前)-若松(筑前)を結ぶ旧唐津街道沿線に伽藍を構えている。 すぐそばには、若松に渡る渡船場がある。また、若戸大橋もその上に架かっている。

東隣には竹葉山 照養寺が伽藍を構えている。


写真

  • 境内の仏像
    境内の仏像 
  • 境内の仏像
    境内の仏像 

東光寺 地蔵堂の由来(山門脇の金属製の案内板の内容)

東光寺 地蔵堂の由来

遠い昔、戸畑がまだ半農半漁の寒村の頃、 名護屋岬(今は製鉄所の構内で埋立地深く没している)に至る松原の 河代(こうしろ)(田代)浜に無住の東光庵と地蔵堂がありました。

それは、当時の河■島(かばしま)[1](俗に中の島と呼ばれる若松と戸畑の間に在って今はない)の城主森氏の建立と伝えられており、村人の厚い信仰を仰いでいました。

東光庵が焼失後お堂は残されていましたが、 明治になって東光寺が現在地に移り、地蔵堂も帆柱四国21番札所として建立なされ 芦屋町の妹尾氏によって、さらにご立派な御本尊様延命地蔵菩薩が寄贈されました。

お抱え地蔵・太郎地蔵・淡島さまも合祭され、弘法大師・不動明王と思い思いの合掌の貴く・ 清く・美しいお姿が老若男女のお心の支えとなっています。

毎月4日・14日・24日は日切の信者 毎月21日・28日はお遍路さんによって御詠歌があがります。

安産祈願子授け祈願合格祈願水子供養の祈願にご利益を授かった方々は多く、心から喜ばれ信仰を深めています。

(後略)