金波山西岸院 称名寺[稱名寺] SYOUMYOUJI TEMPLE
基本データ
- 宗派
- 時宗
- 住所
- 〒812-0054 福岡県福岡市東区馬出4丁目1-50 MAP
- 周辺の寺院
- 電話
- 092-651-2561
歴史
『筑前國続風土記』によれば、元応2年1320に開基された。開山は乗阿上人。 寺の名前の由来は、施主が稱阿・名阿という父子であり、その父子の上の字をとって稱名寺という。
『筑前國続風土記』の原文は下記を参照のこと。
釈迦如来座像・・・いまはもうありません(2008年8月12日 読売新聞より)
「戦争は人の命を奪うだけでなく、文化までも破壊してしまう。その象徴だよね」 福岡市東区馬出の称名寺。元小学校教諭、川口勝彦さん(75)(福岡市早良区梅林)は、 大仏という主を失った石製台座を見上げ、つぶやいた。
青銅製の釈迦如来座像「旧博多大仏」は博多仏師、高田又四郎1847~1915が その原型を制作し、1912年(明治45年)に称名寺に建立された。 高さ約5・5メートルの堂々とした姿は地元でも親しまれていたが、戦争激化に伴い、 44年、金属供出のため姿を消した。今では大仏があったことさえ知る人も少ない。
ひとくちメモ
2009年に次いで二度目のお参りをした。運悪くまた山門が閉ざされており、境内へのお参りは叶わなかった。 写真はすべて外からの撮影となっている。 またお参りに行こう。
写真
『筑前國続風土記』巻之4 博多の項
○稱名寺一遍宗
土居町にあり。故に土井道場と云。金波山西岸院と號す。 後醍醐帝元應2年1320開基す。 開山を乗阿上人と云。 施主は稱阿名阿と云父子也。 父子の名の上の字を取て称名寺と云。 塔頭6坊主慶長年中頃ありしかども、今は一坊もなし。 いにしへ寺領等の寄進状あり。 其他武家の文書数通あり。
いにしへは世に名有寺なりしとかや。相州藤澤の遊行上人遊歴の時當國におゐては此寺に寓居す。 國君より待遇せらる。



